2016年10月17日に明治大学アカデミーコモン(東京)で開かれたBBAモバイルブロードバンドフォーラム 利活用部会 第7回研究会では、「ゲームを用いた地域振興・地域交流の可能性を探る」というテーマで2つの講演が行われた。初めに岩手県によるイングレス(Ingress)の活用を県秘書広報室長の保 和衛氏が紹介、続いて福岡市におけるポケモンGOの影響についての考察を福岡市の外郭団体である公共財団法人福岡アジア都市研究所 調整係長の中島賢一氏が紹介した。この2つの講演内容を紹介する。

イングレスで観光の拡張に取り組んだ岩手県

イングレス(Ingress)は建物や記念碑、マンホールに至るまで、現実世界にあるものを「ポータル」という目印にして、プレイヤーが実際にその場所に近付くことでレベルアップしていく位置情報ゲーム。複数のポータルを巡回していく「ミッション」の遂行や、ポータルそのものの申請などプレイヤーの創意・工夫もゲームの要素となっている。
リアルとゲーム空間が融合するイングレスに「社会性」を感じた保氏は、県内の観光地をポータルにすれば、イングレスのプレイヤーが岩手に訪れ、県内のより多くのスポットに人を誘導できると考えた。2014年、岩手県庁Ingress活用研究会(現在の名称は岩手県庁ゲームノミクス研究会)が発足。スタートしてすぐに地域コミュニティIngress Iwate Japanと連携し、この2年間、アイデアを実践してきた。

BBA
岩手県秘書広報室長の保 和衛氏は岩手県庁ゲームノミクス研究会会長も務める

最初に反響を呼んだのは、街歩きイベントだ。数十個のポータルしかなかった岩手県盛岡市で街歩きを企画し、ポータルの申請自体を地域イベントにした(2014 年11月、「ポータル探して観光街歩き」)。好評を得て翌年には「ポータル大量発生感謝! ハック&キャンドルin盛岡」(2015年2月)、「ポータル1000超えの街盛岡を歩こう」(6月)も開催している。
街の文化財や歴史スポットを歩くイベントは地元の人たちにも好評だが、地域の良さを参加者すべてに伝えるにはミッションをクリアするだけでは不十分だと考え、研究会で『ミッション専用ガイドブック』を作成し、配布している。
2015年の10月~11月には、広い県内を移動するツアー「いわて・ぐるっと・Ingress IGI★200+100」を実施。31個のシリーズミッションを用意し、バスの移動中にもイングレスのミッションを楽しめるようにした。また、ミッションをクリアするともらえる「メダル」はプレイヤー自ら創ることができるため、そのメダル原画デザイン展も同時期に開催した。
イングレスのイベントでは、「必ず地元の既存のイベント(祭りなど)に合わせて実施する」というのも研究会のアイデアが基になっている。また、日を同じにするだけでなく、会場の合体やタイアップを積極的に行うことで、相乗効果を狙うことが重要だと考えている。

BBA
31ミッションのコンプリートした人には知事の感謝状が送られた

保氏は、取り組みの成果について、「県外に岩手のファンをつくること、また地域住民にとって地元の再発見につながることなど、金額や数字に集約できない部分も大事なのではないか」と見解を述べた。
一方、ゲームを扱うことの課題やリスクにも触れた。まず、ゲームをする人としない人の間には理解に大きな隔たりがある。また、あくまでもゲームはプレイヤーが主役であり、地域への経済活動を押し付けることは禁物だ。さらに、ゲームタイトルの人気は寿命が短いことも理解しておかなければならない。
そうしたリスクを挙げたうえで保氏は、これから取り組む人に向けて3つの ことを提言した。ひとつはイベント集客などではユーザーの属性に留意した「マーケットインの思考」による企画をすること。2つ目は、大規模化した都市向けのイベントではなく地元ならではの「非公式イベントの工夫」をすること。そして3つ目は、「多様なコラボレーションの模索」だ。岩手県が成果を得られたのは、イングレスを愛する地元のコミュニティの尽力が大きかったが、自治体関係者も、自らがゲームの世界を体験し楽しむことで、新しいパートナーが見え、他者とのコラボレーションが実現するのではないかと語った。

福岡市におけるポケモンGOの影響をデータで見る

社会現象を巻き起こしたポケモンGO。現実の場所に出現するモンスター(ポケモン)を見つけて集め、育成したりユーザー同士がバトルしたりして楽しむゲームである。スマホのカメラで写した現実の画面にポケモンを表示するのにAR(拡張現実感)技術が使われている。
中島氏は、現在福岡市からシンクタンクに出向する公務員だが、個人でゲーム制作を行うほどのゲーム好き。福岡市内を歩き、仮説を立てて検証し、記録するというやり方を繰り返して、ポケモンGOの日本上陸後、わずか17日でポケモン図鑑をコンプリートした。

BBA
公共財団法人福岡アジア都市研究所 中島賢一氏

ポケモンGOのアイテムが得られる「ポケストップ」の多い都市部では、レアなモンスターを求めて大勢の人が一斉に移動している場面が見られる。中島氏はこうした人の動きを定量的に捉えるため、福岡市中央区にある大濠公園をベースに最寄駅の乗降数を調べることにした。
その結果、ポケモンGOのリリース前と後では、リリース後のほうが乗降数は多かった(グラフ参照)。特に地元のテレビでポケモンGOのニュースが放送されてから大きく増加しており、ポケモンGOの影響というより、「ポケモンGOの情報をマスメディアが紹介したときに最も大きな影響があった」と分析した。
また、大濠公園は、「ピカチュウ」の巣があった場所。この巣の存在が人の動きに影響しているかどうかも調べたところ、ピカチュウの巣があった2016年7月22日~28日のほうが、巣がなくなった8月19日~25日よりも乗降数は多かった。このように、調査結果からポケモンGOが持つ要素が影響して「人が動いた」ことを確認できたという。

BBA
グラフ:リリース前後の乗降数の比較(大きく落ち込んでいるのは台風の日)

その後、大濠公園にかつての喧騒はなくなったが、データをもとにしたワークショップを開催したところ、参加者はポケモンGOを公共のために活用することに抵抗がなく、前向きに捉えられているという。
福岡市は「スタートアップシティ」を掲げ、新興企業の活動を支援しているが、コンテンツ産業の振興にも力を入れている。妖怪ウォッチで有名なレベルファイブは福岡市にあり、そのヒット作の『レイトン教授』シリーズで福岡の歴史・文化遺産を学ぶ「福岡歴史なび」というアプリを福岡市が提供している。
また、福岡市の委託事業である九州大学のシリアスゲーム開発プロジェクトでは、高齢者が椅子から立ち上がった数だけ木が成長するというゲーム要素を盛り込んだリハビリ支援アプリケーションをゲーム会社と組んで開発している。中島氏はそうした福岡市の過去の取り組みを紹介し、エンターテインメントとテクノロジーによって「人の振る舞いが変わること」は、位置情報ゲームに限ったことではないと述べた。
そして「エンターテインメント ×  テクノロジー」の掛け算に必然性(公共性)が加われば、「楽しい」をきっかけに行動変容につなげられると言い、「エンターテインメント × テクノロジー × 必然性(公共性)=楽しいがきっかけの行動変容」という方程式で仕かけを考えることが、地域活性化のヒントになるのではないかと 提言した。

(錦戸陽子)

NextPublishingの関連書籍
位置情報ビッグデータ
誰もが移動しながらフルにインターネットを使うようになった今、位置情報を活用したサービスが数多く生まれています。新世代のサービス創出に向け、注目される活用分野、知っておきたいルールや技術知識、注目のウェアラブルデバイスや未来型サービスの事例までを解説しています。

こんなにスゴイ! 地図作りの現場
地図サービスは現実の世界を素早く反映し、更新することが求められています。
アナログで地道な人手の作業からデータをデジタル加工して更新していくその過程をレポートします。これを読むとあなたも地図LOVEになること間違いなし!

https://i.impressrd.jp/wp-content/uploads/2016/11/Iwate003-1024x766.jpghttps://i.impressrd.jp/wp-content/uploads/2016/11/Iwate003-130x130.jpg編集部寄稿地方創生2016年10月17日に明治大学アカデミーコモン(東京)で開かれたBBAモバイルブロードバンドフォーラム 利活用部会 第7回研究会では、「ゲームを用いた地域振興・地域交流の可能性を探る」というテーマで2つの講演が行われた。初めに岩手県によるイングレス(Ingress)の活用を県秘書広報室長の保 和衛氏が紹介、続いて福岡市におけるポケモンGOの影響についての考察を福岡市の外郭団体である公共財団法人福岡アジア都市研究所 調整係長の中島賢一氏が紹介した。この2つの講演内容を紹介する。 イングレスで観光の拡張に取り組んだ岩手県 イングレス(Ingress)は建物や記念碑、マンホールに至るまで、現実世界にあるものを「ポータル」という目印にして、プレイヤーが実際にその場所に近付くことでレベルアップしていく位置情報ゲーム。複数のポータルを巡回していく「ミッション」の遂行や、ポータルそのものの申請などプレイヤーの創意・工夫もゲームの要素となっている。 リアルとゲーム空間が融合するイングレスに「社会性」を感じた保氏は、県内の観光地をポータルにすれば、イングレスのプレイヤーが岩手に訪れ、県内のより多くのスポットに人を誘導できると考えた。2014年、岩手県庁Ingress活用研究会(現在の名称は岩手県庁ゲームノミクス研究会)が発足。スタートしてすぐに地域コミュニティIngress Iwate Japanと連携し、この2年間、アイデアを実践してきた。 最初に反響を呼んだのは、街歩きイベントだ。数十個のポータルしかなかった岩手県盛岡市で街歩きを企画し、ポータルの申請自体を地域イベントにした(2014 年11月、「ポータル探して観光街歩き」)。好評を得て翌年には「ポータル大量発生感謝! ハック&キャンドルin盛岡」(2015年2月)、「ポータル1000超えの街盛岡を歩こう」(6月)も開催している。 街の文化財や歴史スポットを歩くイベントは地元の人たちにも好評だが、地域の良さを参加者すべてに伝えるにはミッションをクリアするだけでは不十分だと考え、研究会で『ミッション専用ガイドブック』を作成し、配布している。 2015年の10月~11月には、広い県内を移動するツアー「いわて・ぐるっと・Ingress IGI★200+100」を実施。31個のシリーズミッションを用意し、バスの移動中にもイングレスのミッションを楽しめるようにした。また、ミッションをクリアするともらえる「メダル」はプレイヤー自ら創ることができるため、そのメダル原画デザイン展も同時期に開催した。 イングレスのイベントでは、「必ず地元の既存のイベント(祭りなど)に合わせて実施する」というのも研究会のアイデアが基になっている。また、日を同じにするだけでなく、会場の合体やタイアップを積極的に行うことで、相乗効果を狙うことが重要だと考えている。 保氏は、取り組みの成果について、「県外に岩手のファンをつくること、また地域住民にとって地元の再発見につながることなど、金額や数字に集約できない部分も大事なのではないか」と見解を述べた。 一方、ゲームを扱うことの課題やリスクにも触れた。まず、ゲームをする人としない人の間には理解に大きな隔たりがある。また、あくまでもゲームはプレイヤーが主役であり、地域への経済活動を押し付けることは禁物だ。さらに、ゲームタイトルの人気は寿命が短いことも理解しておかなければならない。 そうしたリスクを挙げたうえで保氏は、これから取り組む人に向けて3つの ことを提言した。ひとつはイベント集客などではユーザーの属性に留意した「マーケットインの思考」による企画をすること。2つ目は、大規模化した都市向けのイベントではなく地元ならではの「非公式イベントの工夫」をすること。そして3つ目は、「多様なコラボレーションの模索」だ。岩手県が成果を得られたのは、イングレスを愛する地元のコミュニティの尽力が大きかったが、自治体関係者も、自らがゲームの世界を体験し楽しむことで、新しいパートナーが見え、他者とのコラボレーションが実現するのではないかと語った。 福岡市におけるポケモンGOの影響をデータで見る 社会現象を巻き起こしたポケモンGO。現実の場所に出現するモンスター(ポケモン)を見つけて集め、育成したりユーザー同士がバトルしたりして楽しむゲームである。スマホのカメラで写した現実の画面にポケモンを表示するのにAR(拡張現実感)技術が使われている。 中島氏は、現在福岡市からシンクタンクに出向する公務員だが、個人でゲーム制作を行うほどのゲーム好き。福岡市内を歩き、仮説を立てて検証し、記録するというやり方を繰り返して、ポケモンGOの日本上陸後、わずか17日でポケモン図鑑をコンプリートした。 ポケモンGOのアイテムが得られる「ポケストップ」の多い都市部では、レアなモンスターを求めて大勢の人が一斉に移動している場面が見られる。中島氏はこうした人の動きを定量的に捉えるため、福岡市中央区にある大濠公園をベースに最寄駅の乗降数を調べることにした。 その結果、ポケモンGOのリリース前と後では、リリース後のほうが乗降数は多かった(グラフ参照)。特に地元のテレビでポケモンGOのニュースが放送されてから大きく増加しており、ポケモンGOの影響というより、「ポケモンGOの情報をマスメディアが紹介したときに最も大きな影響があった」と分析した。 また、大濠公園は、「ピカチュウ」の巣があった場所。この巣の存在が人の動きに影響しているかどうかも調べたところ、ピカチュウの巣があった2016年7月22日~28日のほうが、巣がなくなった8月19日~25日よりも乗降数は多かった。このように、調査結果からポケモンGOが持つ要素が影響して「人が動いた」ことを確認できたという。 その後、大濠公園にかつての喧騒はなくなったが、データをもとにしたワークショップを開催したところ、参加者はポケモンGOを公共のために活用することに抵抗がなく、前向きに捉えられているという。 福岡市は「スタートアップシティ」を掲げ、新興企業の活動を支援しているが、コンテンツ産業の振興にも力を入れている。妖怪ウォッチで有名なレベルファイブは福岡市にあり、そのヒット作の『レイトン教授』シリーズで福岡の歴史・文化遺産を学ぶ「福岡歴史なび」というアプリを福岡市が提供している。 また、福岡市の委託事業である九州大学のシリアスゲーム開発プロジェクトでは、高齢者が椅子から立ち上がった数だけ木が成長するというゲーム要素を盛り込んだリハビリ支援アプリケーションをゲーム会社と組んで開発している。中島氏はそうした福岡市の過去の取り組みを紹介し、エンターテインメントとテクノロジーによって「人の振る舞いが変わること」は、位置情報ゲームに限ったことではないと述べた。 そして「エンターテインメント ×  テクノロジー」の掛け算に必然性(公共性)が加われば、「楽しい」をきっかけに行動変容につなげられると言い、「エンターテインメント × テクノロジー × 必然性(公共性)=楽しいがきっかけの行動変容」という方程式で仕かけを考えることが、地域活性化のヒントになるのではないかと 提言した。 (錦戸陽子) NextPublishingの関連書籍 位置情報ビッグデータ 誰もが移動しながらフルにインターネットを使うようになった今、位置情報を活用したサービスが数多く生まれています。新世代のサービス創出に向け、注目される活用分野、知っておきたいルールや技術知識、注目のウェアラブルデバイスや未来型サービスの事例までを解説しています。 こんなにスゴイ! 地図作りの現場 地図サービスは現実の世界を素早く反映し、更新することが求められています。 アナログで地道な人手の作業からデータをデジタル加工して更新していくその過程をレポートします。これを読むとあなたも地図LOVEになること間違いなし!IT第二幕を世界のニュースで横断読み解き。