寄稿/イノベーション・ファインダーズ・キャピタル マネージング・パートナー トム佐藤(Innovation Finders Capital

大混乱アメリカ。トランプ政権は、今や共和党内でも大問題となっている。両議会内、各連邦政府省庁等、ホワイトハウス内部では政府の運営機能が混乱状態だ。そこで2名の政治家が実力を発揮している。現副大統領のマイク・ペンス氏とワシントン州知事のジェイ・インズリー氏だ。2人の今後の動向は間違いなく日本企業に大きく影響する。

まず、結論から。

「日本企業は今すぐシアトルに生産・開発拠点を持つべきである」

  • 今後の個別貿易通商交渉でアメリカ政府は失業者対策と製造業立て直しのために、自動車産業以外にも国内生産開発拠点を持つことを要求してくることは間違いない。
  • アメリカの法人税は35%から15%〜20%に軽減されるので、本社機能をアメリカで持つか、収益法人をアメリカ中心にすることが有利になる。
  • シアトルに人工知能、ロボット、IoT技術が集結しており、これらは今後のインテリジェントファクトリーの開発はここシアトルで行われる。

毎日状況が変化しているトランプ政権はこの文章が読まれているころには、大きく変化しているにちがいないが、今回の7か国入国制限の大統領令の失敗は、トランプ大統領の命取りになった可能性が大きい。

トランプ大統領は、ビジネスマンとして高く評価され、就任前にシリコンバレーの情報通信技術(ICT)企業など20社ほどをニューヨークに呼び、意見交換会議を行った。アップル社のティム・クック氏、アマゾン・ドット・コム社のジェフ・ベゾス氏ら、最強のCEOを集めたのだ。2016年12月16日に行われた会議はICT業界では評価されたものの、疑心的に考える人も少なくなく、参加したCEOに批判する社内意見も大勢いた。この疑心的心配は的中した。

1月29日、トランプ大統領はイラク、イラン、シリア、リビア、ソマリア、スーダン、イエメンの7か国からの入国者を制限すると大統領令を発行。翌日、アメリカ各地の空港では大混乱に陥る。まずいことに、この大統領令は共和党幹部への事前交渉などはなく、政権内部の顧問役中心に作られたものだった。

すでに、反トランプ政権運動は大統領就任式翌日から各地で大型デモを行い組織されていた。大統領令の発令と共に、大勢の反トランプ派は各地空港に集まったのである。すぐに行動を起こしたのは、ワシントン州知事のジェイ・インズリー氏だ。彼はシアトルのデモ集会にいち早く行き、「このような人種差別的大統領令に断固反対し、アクションを起こす」と宣言し、シアトル空港に抗議のために向かった。

寝耳に水だったのが、ICT大手企業。多くは外国人や移民、マイノリティーを積極的に雇用しており、なおかつCEO自身が移民(マイクロソフト社)だったり、CEO自身が入国制限国のイラン出身者(エクスペディア社)だったりしており、各社の人事部では7か国出身者への法的支援と家族対応に追われた。その数、グーグル社やマイクロソフト社では各社100人近くに影響することがはっきりし、各社CEOは激怒し、この大統領令反対のプレスリリースやCEO談話を発表した。

一方、インズリー知事はワシントン州法務長官のボブ・ファーガソン氏に対し、この大統領令を阻止すべく、ワシントン連邦地裁に訴えるように指示したことを発表した。ICT各社はファーガソン氏らの呼びかけで、違憲な大統領令により、実に100社の社員に被害があったとの事実を記載した準備書面を提出し、証拠としてトランプ大統領を提訴した。せっかく集めたICT企業は、1か月もたたぬ間に全社、反トランプ派に回ってしまったのだ。

トランプ政権で唯一、ビリオネアではない閣僚はペンス副大統領だ。共和党のタカ派で知られ、キリスト教徒でもあるペンス氏は、一見、トランプ政治志向に近いと思われがちだ。ペンスは生粋の政治家で、インディアナ州の下院議員を実に6期も務め、下院議会予算委員長を歴任、去年まではインディアナ州で人気の知事だった。党内では保守派で頼れる強行派として評価されている。また、下院議員時代は農業委員会、外交委員会など多くの要職についており、辣腕政治家だった。

ペンス副大統領は保守派ではあるが、トランプ大統領とは違う。2012年にインディアナ州知事に就任し、州の運営には大変苦労していた。厳しい財政の中、インディアナ州の予算をぎりぎりの線で抑えた。オバマ政権でオバマケアが導入されると、それまで反対していたものの、州のメディケア(貧困層の健康保険制度)の拡充を連邦政府と交渉して勝ちとった。

日本にとってペンスの過去の政策で覚えておく点は、彼は自由貿易の強い支持者で北米自由貿易協定(NAFTA)支持、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)支持、各貿易協定を全てサポートしたことで知られている。これは、80年代の日米貿易摩擦によって日本の輸入関税を削減した当時政権の経験と、その後、多くの日本の自動車産業がインディアナ州に生産拠点を築き、今ではホンダ、トヨタ、スバルが自動車工場を同州に置き、大雇用主となっていることを目の前で見ているからだ。しかも、知事時代に彼は何度も日本に使節を送り込み、企業誘致に励んだのだ。

もし、ペンス大統領就任となった場合の政策を考えてみると、このようになるのではないか。

  • 法人税:20%に減税
  • NAFTA:そのまま継続するものの、加盟国企業にアメリカでの雇用拠点を持つことを要求する
  • TPP:条件を再交渉の上、加盟国企業にアメリカでの雇用拠点を持つことを要求する
  • 他の国:国境調整
  • 財源確保のためにIT企業の海外利益留保を止めさせ、国内で法人税を払うように促す
  • 海外企業のアメリカ進出時の利益に対して法人税課税強化

一方、ワシントン州知事のジェイ・インズリー氏。今回、多くのIT企業を味方につけた。しかも、今、シアトルは人工知能(AI)で大ブームとなっている。地元の大手、マイクロソフト社やアマゾン社はこの分野で快進撃をしており、万単位で雇用を増やしている。しかも、ここに来てグーグル、フェースブック、アップルなどの各社が1000人単位でシリコンバレーに引っ越しをしてきているのだ。こうした動きの中、シアトルは「AIの首都」としてブランディングに成功し、世界中からAI技術者が集まっている。さらに最高レベルの技術者やハイテク企業が集まるのは間違いない。当然、大手IT企業の本社機能までもがシアトルにやってくることは明らかだ。

そして、これがインズリー知事のトランプカードだ。

ワシントン州には州法人所得税も個人所得税もない。0%だ。日本企業、特にIT企業の場合、どこに拠点を置けば良いのか明白である。

https://i.impressrd.jp/wp-content/uploads/2017/02/ThinkstockPhotos-96586945-600x481.jpghttps://i.impressrd.jp/wp-content/uploads/2017/02/ThinkstockPhotos-96586945-130x130.jpg編集部寄稿AI(人工知能),IoT,事件・できごと,企業戦略/業績,行政・政策,訴訟/法的問題寄稿/イノベーション・ファインダーズ・キャピタル マネージング・パートナー トム佐藤(Innovation Finders Capital) 大混乱アメリカ。トランプ政権は、今や共和党内でも大問題となっている。両議会内、各連邦政府省庁等、ホワイトハウス内部では政府の運営機能が混乱状態だ。そこで2名の政治家が実力を発揮している。現副大統領のマイク・ペンス氏とワシントン州知事のジェイ・インズリー氏だ。2人の今後の動向は間違いなく日本企業に大きく影響する。 まず、結論から。 「日本企業は今すぐシアトルに生産・開発拠点を持つべきである」 今後の個別貿易通商交渉でアメリカ政府は失業者対策と製造業立て直しのために、自動車産業以外にも国内生産開発拠点を持つことを要求してくることは間違いない。 アメリカの法人税は35%から15%〜20%に軽減されるので、本社機能をアメリカで持つか、収益法人をアメリカ中心にすることが有利になる。 シアトルに人工知能、ロボット、IoT技術が集結しており、これらは今後のインテリジェントファクトリーの開発はここシアトルで行われる。 毎日状況が変化しているトランプ政権はこの文章が読まれているころには、大きく変化しているにちがいないが、今回の7か国入国制限の大統領令の失敗は、トランプ大統領の命取りになった可能性が大きい。 トランプ大統領は、ビジネスマンとして高く評価され、就任前にシリコンバレーの情報通信技術(ICT)企業など20社ほどをニューヨークに呼び、意見交換会議を行った。アップル社のティム・クック氏、アマゾン・ドット・コム社のジェフ・ベゾス氏ら、最強のCEOを集めたのだ。2016年12月16日に行われた会議はICT業界では評価されたものの、疑心的に考える人も少なくなく、参加したCEOに批判する社内意見も大勢いた。この疑心的心配は的中した。 1月29日、トランプ大統領はイラク、イラン、シリア、リビア、ソマリア、スーダン、イエメンの7か国からの入国者を制限すると大統領令を発行。翌日、アメリカ各地の空港では大混乱に陥る。まずいことに、この大統領令は共和党幹部への事前交渉などはなく、政権内部の顧問役中心に作られたものだった。 すでに、反トランプ政権運動は大統領就任式翌日から各地で大型デモを行い組織されていた。大統領令の発令と共に、大勢の反トランプ派は各地空港に集まったのである。すぐに行動を起こしたのは、ワシントン州知事のジェイ・インズリー氏だ。彼はシアトルのデモ集会にいち早く行き、「このような人種差別的大統領令に断固反対し、アクションを起こす」と宣言し、シアトル空港に抗議のために向かった。 寝耳に水だったのが、ICT大手企業。多くは外国人や移民、マイノリティーを積極的に雇用しており、なおかつCEO自身が移民(マイクロソフト社)だったり、CEO自身が入国制限国のイラン出身者(エクスペディア社)だったりしており、各社の人事部では7か国出身者への法的支援と家族対応に追われた。その数、グーグル社やマイクロソフト社では各社100人近くに影響することがはっきりし、各社CEOは激怒し、この大統領令反対のプレスリリースやCEO談話を発表した。 一方、インズリー知事はワシントン州法務長官のボブ・ファーガソン氏に対し、この大統領令を阻止すべく、ワシントン連邦地裁に訴えるように指示したことを発表した。ICT各社はファーガソン氏らの呼びかけで、違憲な大統領令により、実に100社の社員に被害があったとの事実を記載した準備書面を提出し、証拠としてトランプ大統領を提訴した。せっかく集めたICT企業は、1か月もたたぬ間に全社、反トランプ派に回ってしまったのだ。 トランプ政権で唯一、ビリオネアではない閣僚はペンス副大統領だ。共和党のタカ派で知られ、キリスト教徒でもあるペンス氏は、一見、トランプ政治志向に近いと思われがちだ。ペンスは生粋の政治家で、インディアナ州の下院議員を実に6期も務め、下院議会予算委員長を歴任、去年まではインディアナ州で人気の知事だった。党内では保守派で頼れる強行派として評価されている。また、下院議員時代は農業委員会、外交委員会など多くの要職についており、辣腕政治家だった。 ペンス副大統領は保守派ではあるが、トランプ大統領とは違う。2012年にインディアナ州知事に就任し、州の運営には大変苦労していた。厳しい財政の中、インディアナ州の予算をぎりぎりの線で抑えた。オバマ政権でオバマケアが導入されると、それまで反対していたものの、州のメディケア(貧困層の健康保険制度)の拡充を連邦政府と交渉して勝ちとった。 日本にとってペンスの過去の政策で覚えておく点は、彼は自由貿易の強い支持者で北米自由貿易協定(NAFTA)支持、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)支持、各貿易協定を全てサポートしたことで知られている。これは、80年代の日米貿易摩擦によって日本の輸入関税を削減した当時政権の経験と、その後、多くの日本の自動車産業がインディアナ州に生産拠点を築き、今ではホンダ、トヨタ、スバルが自動車工場を同州に置き、大雇用主となっていることを目の前で見ているからだ。しかも、知事時代に彼は何度も日本に使節を送り込み、企業誘致に励んだのだ。 もし、ペンス大統領就任となった場合の政策を考えてみると、このようになるのではないか。 法人税:20%に減税 NAFTA:そのまま継続するものの、加盟国企業にアメリカでの雇用拠点を持つことを要求する TPP:条件を再交渉の上、加盟国企業にアメリカでの雇用拠点を持つことを要求する 他の国:国境調整 財源確保のためにIT企業の海外利益留保を止めさせ、国内で法人税を払うように促す 海外企業のアメリカ進出時の利益に対して法人税課税強化 一方、ワシントン州知事のジェイ・インズリー氏。今回、多くのIT企業を味方につけた。しかも、今、シアトルは人工知能(AI)で大ブームとなっている。地元の大手、マイクロソフト社やアマゾン社はこの分野で快進撃をしており、万単位で雇用を増やしている。しかも、ここに来てグーグル、フェースブック、アップルなどの各社が1000人単位でシリコンバレーに引っ越しをしてきているのだ。こうした動きの中、シアトルは「AIの首都」としてブランディングに成功し、世界中からAI技術者が集まっている。さらに最高レベルの技術者やハイテク企業が集まるのは間違いない。当然、大手IT企業の本社機能までもがシアトルにやってくることは明らかだ。 そして、これがインズリー知事のトランプカードだ。 ワシントン州には州法人所得税も個人所得税もない。0%だ。日本企業、特にIT企業の場合、どこに拠点を置けば良いのか明白である。IT第二幕を世界のニュースで横断読み解き。