iCommons Summit2008 レポート(1) 社会のイノベーションとしてのフリーカルチャーとコモンズ
取材・構成/錦戸陽子●インプレスR&D 白書・書籍編集部
会場となった札幌コンベンションセンター
デジタル文化の未来を語り合うiCommons Summit2008が、去る7月29日〜8月1日、札幌市で開催された。日本初の開催となったこの国際会議には、著作物のライセンスの仕組みを提案するクリエイティブ・コモンズの関係者をはじめ、内外のメディア企業、研究者、アーティストなど、約40か国から400人以上が参加。インターネットのコモンズ(共有の概念)が波及するさまざまな変革の波を気鋭の活動家が語るとともに、ビジネスや教育の現場からクリエイティブ・コモンズ利用の課題も報告された。それらスピーチとパネルディスカッションの一部を、今日から数回に分けて紹介したい。
世界の不均衡に目を向けなければグローバルな問題は解決できない
コモンズの台頭
へザー・フォード氏
このサミットの主催者であるアイコモンズ事務局長のへザー・フォード氏は、冒頭で「コモンズ」(commons)という言葉を生んだイギリスの平原のイメージ写真を掲げた。コミュニティで共有する魅力的な土地が産業革命後の囲い込みにより駆逐されたことは「コモンズの悲劇」として有名だが、南インドなどでもコミュニティによる土地の共有が機能し、文化までも共有していた時代があった。
コモンズで中心となるのは「総合的、集合的なリソースを管理できること」だと語り、後に登壇するデビッド・ボリエー氏の考えを引きながら、長い間市場経済文化の影にあったコモンズが今台頭していると述べた。
今日、世界的な問題を解決するために、さまざまな分野で政府間の会議が開かれたり、条約という手段が用いられたりするが、これらの会議体が十分機能して問題を解決してきたとは言えない。複雑でグローバルな問題を解決するためには、新しいアプローチが求められる。それにはコモンズへの関与をグローバルな問題解決のために転換することが重要になる、と訴える。
今日のコモンズは土地ではなくインターネットで情報と知識を共有することである。代表的な成功モデルが無料の百科事典ウィキペディア。特徴は「積極的参加」と「オープンアーキテクチャー」であり、誰でも数秒でそのプロジェクトが参加できる。こうしたオープンなコミュニティの特性はイノベーションが生む機運を醸成する。
世界地図で見るウィキペディアの参加欠如
しかし今、大きな問題に直面している。コモンズの活動が、本当にグローバルな問題を特定し、解決しようとしているのかということである。グローバルと言いながら、地球の北と南ではインターネット利用や知財のロイヤリティ収入に格差がある。ウィキペディアの利用も北半球が中心、南半球では参加者が少ない。
クリエイティブ・コモンズは、著作物の利用に関してグローバルな仕組みを作り、そのためにインターネットの能力を最大化・最善化しようとしている意味で、役割は大きい。だからこそ、世界の不均衡に今一度目を向け、より均等に、かつローカルに寄与する形でその普及を進めなければならないと来場者に呼びかけた。
他の社会問題にも目を向けフリーカルチャーを外へ活かす時が来た
デジタル市民の活躍
デビッド・ボリエー氏
長年コモンズを紹介してきた米国在住のジャーナリスト、デビッド・ボリエー氏は、インターネットのフリーカルチャーが他の社会運動とどのように結びつけられるかについて、多くの事例を交えて紹介した。
たとえばイラク戦争の経過に関するブロガーの報道は、新聞と比べても正確だったと考えている。バージニア州知事のジョージ・アレンは、インドの学生を侮辱した自身の映像がユーチューブに掲載されたことで大衆の反感を買い、上院選で落選した。一方、民主党のバラック・オバマは長い間ソーシャルネットワーキングを通じて運動しており、4億ドルという巨額の寄付を受けることに成功した。
企業の不正も次々に暴かれる。米ダイボールド社の投票機の不正の証拠がウェブに掲載され、各州が採用をとりやめた。向精神薬のザイプレクサの副作用はウィキへの書き込みから注目されるようになり、10億ドルの罰金が薬剤会社に請求されることになった。米国以外では韓国の牛肉輸入問題やエジプトでは食料高騰問題への抗議デモが起こっている。
これらはすべて、インターネットが可能にした新しい市民行動の例である。市民はインターネットを通じてマスメディアが報道しない多くの問題を指摘する。巨大なメディアの力を借りずとも、自らのビジョンのもとで政治的・自治的役割を直接果たすことができるようになった。彼らは政治的な権力を掌握しようとすることはなく、旧世代のイデオロギーとは異なる。新しい秩序を作ることで、現在の社会モデルを陳腐化させていくのだ。フリーソフトウェアやクリエイティブ・コモンズライセンスが生まれ、ウェブ2.0で離陸したコモンズは、さらに変革を起していくのではないか。
グレートバリュー・シフト
また、ウィキ、ブログスフィア、音楽のリミックス、ビデオマッシュアップなど、コモンズは現在セグメント化されてその活動に厚みを増している。これをボリエー氏は「コモンズセクター」と呼び、既存の市場構造の外に大きな経済的な価値をつくり上げていると説明した。もはや市場的価値がすべてではない。「グレートバリュー・シフト」とい呼べる変革が起こっている。
フリーカルチャーは外に向かう
コモンズの今後については、より広い分野に関心を向け、共通の大儀を他のコモナーズと共有することだ強調した。
たとえば天然資源に対する活動は、政治的には主流なテーマであり、人類の生存をかけた課題である。クリエイティブ・コモンズが文化の囲い込みに抵抗し、豊かな情報資源を解放しようとしているのに対し、これは希少な天然資源を公平に配分しようとする活動で対極にある。しかし、どちらもネオリベラルな経済政策の失敗に直面している点で共通していると言える。前者は(コピーできるという)無限なものがあたかも有限なもののように取り扱われているという失敗、後者は希少なリソースがまるで無限であるかのように取り扱われてきたという失敗である。
公共財を提供できず、強制的に市場に転換する動きに反対することは、他の分野でも行われている。今後、市場の囲い込みから自分たちを切り離すというメッセージを明確に発し、インターネットのデジタル技術のコード化を提供する。そしてコモンズにおける文化的活動は、オープンであり、参加しやすく、民主的である。これらのことから、フリーカルチャーは休火山のような力を持っており、既存の死に体となっている草の根の活動をも活性化できるのではないかとボリエー氏は考える。
フリーカルチャーというものは、常に外に向いていなければならず、ウィルス的スパイラルを起すことができる。今こそ新しいパートナーと組み、エキサイティングな会話を始める時期に来たと結んだ。
巨大な企業のサービスに依存するインターネットの危うい"自由"
自由を疑わないシリコンバレーの起業家
レベッカ・マッキンノン氏
グローバルボイスの設立者の一人であるレベッカ・マッキンノン氏。CNNの東京支局長、北京支局長を歴任し、現在は香港大学ジャーナリズム・メディア研究センター准教授として、インターネット世代のジャーナリズムと未来、中国におけるインターネットと検閲、表現の自由について研究している。
マッキンノン氏は、シリコンバレーの起業家の会議に出席したときの印象を振り返り、多くの起業家が「インターネットと携帯電話、資本主義が組み合わされば自由な世界が来ると信じて疑わない」と批判を込めてスピーチを開始した。
EFF(電子フロンティア財団)のダニエル・ブライアン氏の意見を自身の考えに重ねながら、今のインターネットはWeb2.0ビジネスの巨人にたよりすぎている。グーグル、フェイスブックなど巨大化したWeb2.0のサービスが、個人の生活、アイデンティティと強く結びつきすぎている。一部の巨大なサービスに依存することは、われわれの自由を阻害することにつながるのではないか。本当にインターネットが自由か否かは、われわれの使い方によって決まるはずだと述べた。
中国は毛沢東モデルからマードックモデルへ
マッキノン氏は、1978年に中国に渡り、この30年の中国の変化を見てきた。当時は言論の自由がなかったが、30年たった今は市場主義が浸透し、「毛沢東モデルからマードックモデルになった」。
氏は民主国家と、専制・独裁政治の二者択一ではなく、実はその間がよいのかもしれない、フリーカルチャーの運動は、どちらにいくかということに影響を持っていることを認識する必要があると述べた。
情報の世界的な不均衡
情報が流れるだけで、大メディアやインターネットがあるというだけでグローバルな話し合いができる、お互いに理解できると思うのは、大きな間違いである。実はメディアの情報は「ユーザーの関心度」に影響され、経済力・軍事的な力を持たない地域は関心を払ってもらえない。
グローバルボイスをともに開設したイーサン・ズッカーマン氏の調査によれば、英語のグローバルなニュースソースは先進国の話題に偏り、英語のブログはもっと極化しているという。たとえばCNN.comのある1日を調べた結果、1万2,000の記事が日本について出ていたが、ナイジェリアの記事は900しかなかった。
インターネットが存在するからといって、グローバルな声を必ずしも代表していない。ニュースで探せない情報を発する人たちを引き込むコミュニティをつくり、彼らの発言をもっと増やさなくてはならないとマッキンノン氏は語る。
ひとつの例としてケニアのプロジェクトが紹介された。暴力の発生する場所をマッピングしているものだ(Ushahidi.com)。国際的なメディアが報道していないような情報たが、これはケニア以外の人たちに事実を知らせるという目的がある。そこに非営利で運営される意味があるのだと語る。
言論の自由を支える非営利サービス
最近、アドボカシーというものも開始した。ニュース報道されない人たちの声を出させ、情報をシェアするだけでは実は十分ではない。なぜなら、声を出したゆえに投獄されてしまうことも実際にあるからだ。
中国ではまだ、ブログが政府や企業によってブロックされているという。オープンソースや国際的なツールが使えず、国内のツールにたよるようになっている。中国のブログ掲載サービスでは、政府の検閲を助け、内容によっては掲載を拒否してしまうことがある。
また、プライバシーも守られていない。海外のウェブサイトに政治的発言を掲載したシ・タオというジャーナリストのメールを、ヤフー・チャイナが犯罪調査のために手渡してしまった。
このように、一部のサービスに頼りすぎしまうことは危険であるとマッキンノン氏は強調する。これは中国に限ったことはでなく、すべての権威ある国や企業に起こりうる問題である。
中国で、ウィキペディアは妥協しないと語っている。また、草の根P2Pネットワークのソーシャルブレインファウンデーション(SocialBrainFoundation)は、新しいオープンソースのツールを作ろうとしている。デジタルノマド(Digital Nomads)というプロジェクトでは、ブログの設定を助け、政府が情報をブロックできないようにする活動を行っている。やはり非営利のスペース、フリーカルチャーのコミュニティ、市民ソサエティは、必要とされている。
世界の情報環境が同質化しないために
世界の情報環境を同質化しないために、反対派、マイノリティの声がきちんと聞かれ、増幅できるようにする仕組みが草の根的に分散していることが重要だ。
毛沢東からマードックで終わりではない。コミュニズムか資本主義の二極ではなく、政府、企業、市民をとりまく別の社会レイヤーをつくらなければならない。そのために、世界中で強いフリーカルチャーの活発なコミュニティが作られることを心から望んでいるとマッキンノン氏は締めくくった。




