心(オーガニック・マインド)と社会ネットワークの密接な関係

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ウェブサイエンス2.0の胎動~半歩先を行くWeb2.0+論~

第十話 心(オーガニック・マインド)と社会ネットワークの密接な関係

森田 進(有限会社ストラテジック・リサーチ)

本連載では、前途遼遠、前程万里でその根底から議論の揺らぎを見せている「Web2.0」を軸に、次世代ウェブが孕むパラドックスとサイエンスとしての発展可能性についてさまざま角度で論評を企てていきたい。

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SNSが持つ可能性=ウェブ次元特有のゲシュタルト

SNSなど、動的原理で動く新しいネットワーク・リレーションを考察する場合、もはや、心理学とか社会学といった理論やアプローチを駆使してもどうしても壁に突き当たってしまう。これらのカテゴリーによる実証的研究の理論構築は、「弱い絆」で結ばれ、「個」のレベルを超えた次元での自己組織化的な社会ネットワークを対象に論じたり、ソーシャルキャピタルのあり方を論じるには不完全な体系であり、そろそろこうした古くさい決まり文句から解放されるときがきている。

Web2.0を通して次世代ウェブのあり方を測ろうとするときに、どうしても避けて通れないテーマは、心・脳の働きをひっくるめた生態的な思考とネットワーク世界との相互作用から生まれる“思考”のあり方である。これらのダイナミックスの構造を総体として探求するだけの理論基盤がないために、「Web2.0にはコアとなる定義がない」といった批判や誤解を生むことになっている。

『精神の生態学』グレゴリー・ベイトソン 著、佐藤良明 訳、新思索社
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本連載第二話「Web2.0における思想的な問いかけ」のときに、今日の多様な社会・文化現象を理解するためのヒントとして、ダブルバインド理論[用語解説]を引用しながらグレゴリー・ベイトソンの思想にも簡単に触れたが、このベイトソンは、『精神の生態学』などの諸著作のなかで、切り離された個ではなく、関係性に焦点を当てながら、“mind(意識・思考・意志・感情の座としての心、あるいは精神、注意、関心総体のこと)”の科学を築き、人間社会のコミュニティ的な活動における原理のありかたを展開している。

彼によれば、心(mindあるいはorganic mind)とは、脳や心理の制御ヒエラルキーで生まれるものでなければ、個としての人間生態のなかに空間的に内在するのではないという。そうだとすれば、システムが時空を編んで成長(自己組織化)し、再新・進化していく「プロセス」のなかに内在するという考え方に行き着くのは当然の流れであろう。ちょうどSNSに見られるように、ネットワークを通して人間関係が増殖し、ネットワーク思考ともいうべき新たな次元の働きを見せるように。

このように、ベイトソンはネットワークを出入りする諸関係のあり方こそ心(mind)の正体であることを言いたかったのだ。これを、松岡正剛氏の「千夜千冊―『精神の生態学』」で説かれている解説を引用させもらえば、

『今日の言葉でいえば、システムと情報の「関係」を主題にしたかったのである。いや主題ではない、「関係」を主語にし、「情報」を述語にしたかったのだ。そもそもベイトソンは情報理論の先駆者でもあった。なかでも、情報がシステムにフィードバックされるしくみに関心をもった。そのうえで、一個の情報とは「違いを生む違い」(a difference which makes a difference)であることをつきとめた。

しかし、このようなプロセスがおこっているばあいでも、主語はあくまで、情報をつかって学習してきたシステムが生み出している「関係」なのである。そして、それこそが、これまで「感じ」とか「パターン」とか「ゲシュタルト」とか「相互作用」とよんできた当のものだった。

これらは結局「システムを出入りする諸関係」の見え方の相違なのである。そうだとすれば、そのような「諸関係」こそが、ベイトソンのいう「精神」なのである。本書のなかでつかっている言葉でいえば、「関係のプロセスとパターン」が「精神」なのだ。』

ということになろう。

本人がその自覚があったかどうかは知らないが、先駆的に自己組織化思考の立場に寄り立っていたベイトソンにしてみれば、心のユニットと進化のユニットとは同じものを別の角度から見たものであったのであろう。心(mind)とは、オーガニックなサイバネティック・システムであり、対象化できるようなものが心の働きではなく、環境との相互作用をも含んだ“経験の連続(プロセス)”こそがその本質であることを看破していたのだ。

なぜSNSの話題のなかでベイトソン流の思想について言及したかったというと、SNSが見せる興味深いコミュニケーションやネットワーク現象を観察していると、ベイトソンが説いているような「諸関係のあり方に心(mind)の正体を見出そうとする思想潮流」と、なんとなくスムースに連携がとれそうな気にさせてくれるからだ。

これまで我々は思考という行為が、個(人)がつくりだす思考の構造にこだわりすぎていたのかも知れない。確かに、思考を深めていくときには徹底して自律した思考訓練が必要となるが、一方で、他人のちょっとしたひとことで価値あるひらめきが得られたり、ひょんな語りかけや対話から複雑な問題が氷解していったりすることもある。ミツバチや蟻の集団など、組織だった生態を見せる昆虫社会では“代謝段階の心”によって組織化されているといわれているが、ひょっとしたら人間社会においても連合的に進行する一種のコミュニケーション思考、ネットワーク思考とでもいうべき心(mind)が、まるで空気のようにそこかしこに潜んでいるのかもしれない。

SNSの世界にこうしたコミュニケーション思考、ネットワーク思考をいきなりあてはめるのはまだ無理があるのかもしれないが、筆者の考えでは、SNSはやがてコミュニケーションの動的構造を進化させ、個としての思考システムを連合し、重なりあって作用するウェブ次元特有のゲシュタルトを生成させていく可能性を感じている。

筆者は5年ほど前から現代社会における電子工学的コミュニケーション・プロセスを捉えるには新しいレベルのゲシュタルト性の必要性を感じ、オートポイエーシスやホリスティックに作用する多層的現実の自己創出性、自己組織化システムの内生ダイナミクスによるシステム論の探求を独自に行ってきたが、僭越ながら、最近になって同様のコンセプトに立脚した研究があることに気がついた。

『基礎情報学―生命から社会へ』西垣通 著、NTT出版
『基礎情報学―生命から社会へ』西垣通 著、NTT出版
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たとえば、西垣通氏の『基礎情報学―生命から社会へ』(NTT出版刊)では、オートポイエーシスや生命記号論・生命情報論のコンセプトにたってシステムの創発現象を捉え、今後のインターネット・コミュニケーションの可能性について考察している。Web2.0を契機に、あるいはWeb2.0の動きと併走するかたちで従来の「情報工学という枠組み」を超えた取り組みが情報学の領域でも開始されようとしているのかもしれない。

かねてより西垣氏は、「情報」とは「それによって生物がパターンを作り出すパターン」と捉え、生命体における意味作用と情報が持つ動的構造の間を架橋する枠組みを提唱している。かつてSF作家のスタニスラフ・レムは小説「惑星ソラリス」で自然界のマクロシステムがつくるゲシュタルトと、人間の心がつくるゲシュクルトとの出逢いを描き、mindが抱えている宇宙的な広がり、動的構造の神秘を物語化したが、動的でいきいきとしたmindどうしがごく自然に共鳴と同期化を起こせるようなコミュニケーションシステムを夢見るのは筆者だけであろうか。


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森田 進(もりた すすむ)

森田進ポートレート写真

経営及びITマネジメント、エコロジー全領域に関するコンサルタント。「産・学・官リサーチセンター」で産学官連携及び学際アプローチによる白書・報告書を多数監修。近年、エコロジー/地域風土/環境デザイン/セラピー等のプロデューサ兼エバンジェリストとして活動の幅を広げる。

著書に『エンタープライズ・コンピューティング』、『新たなビジネスモデルの覇者ASP』、『複雑適応系と電子市場・電子取引』、訳書に『Webサイト完全マスター』他。論文に「eラーニングと物語論(ナラティブス)」、「バランス・スコアカードの発展、枠組みの再構築」他多数。

筆者連絡先:
morita[at]zav.att.ne.jp ※[at]は、英文字のアットマーク(@)に置き換えてください。