ネットと音楽―iPod & iTMSによる音楽流通革新―

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ネット社会を考える

井芹昌信

2005年4月から2006年3月までの1年間、井芹昌信が『INTERNET magazine』(当時はまだ月刊誌)の編集長としてネットと社会との関係をテーマにまとめた熊本日日新聞の連載コラムより転載。

今回は、インターネットが音楽産業を大きく変えることを予感させた、iTunes Music Store日本版とiPod nanoの登場にについて。


※この記事は2005年9月23日に掲載されたものです。文中に出てくる社名、サービス名、その他の名称は当時のものです。

マッキントッシュコンピュータで有名なアップル社はこの夏、音楽史に残ると思われる大きな発表を立て続けに行った。8月4日のiTunes Music Store(アイチューンズ・ミュージック・ストア)と、9月8日のiPod(アイポッド)の新モデルiPodナノである。iPodナノの発表会では、同社のカリスマ社長スティーブン・ジョブス氏が、歌手のマドンナをビデオ出演させるなど派手な演出で、ジーンズのコインポケットに収まる小ささを鮮烈にアピールしてみせた。

iPodとはいつでもどこでも音楽が聴ける、若者に人気の携帯型デジタル音楽プレーヤーである。音楽は、内蔵されたハードディスクまたはフラッシュメモリーに記録するのだが、今回発表されたナノ(27,800円)ではフラッシュメモリーに約千曲が収納できる。同様のプレーヤーはソニーなど日本メーカーからも多数発売されているが、先駆者であることやデザイン性、操作性でいまなお高い人気を誇っている。

iPodで聴く音楽は、パソコンでインターネットからダウンロードして入手する。その際のダウンロード、購入手続き、iPodへの転送などを一手に受け持っているのが、iTunes Music Store(iTMS)というソフトウェアなのである。別の見方をすると、iTMSはインターネット上に作られた巨大な音楽ショップとも言える。

これまで音楽はCDで聴くものだったわけだが、このiTMSとiPodのコンビネーションはその音楽視聴スタイルを根底から変えてしまうことになる。CDに比べての長所を列挙してみよう。(1)24時間いつでも即入手できる。(2)自宅に居ながらにして入手できる。(3)1曲単位でも購入できる。(4)世界じゅうの音楽が揃っている。(5)30秒の試聴ができる。(6)値段が安い(1曲150円程度。米国では99セント)。CDに比べて音質は劣るものの、圧倒的な利便性ではないか。

この恩恵を実現しているのが、デジタルとインターネットの力なのである。実はCDの場合も音楽はすべてデジタル化されているのだが、記録媒体がCDという物理的な「物」である点はかつてのレコードと違いはない。ゆえに、工場で製造し、トラックで運んで、お店に並べるという既存の商品流通方式から逃れることはできなかった。しかし、この流通方式をインターネットに置き換えることにより、すべては一変する。つまり、製造の必要はなく、物流の必要もなく、お店や店員もいらないのである。少し怖い気がするほどだが、この革新の本質はCDという物の形を取り払ったことにある。現在iTMSには、世界じゅうの音楽100万曲が品揃えされており、開始後4日目で日本一の音楽ショップに躍り出たとのとこだ。

ところで、iTMSは日本でのサービスインまでにはかなりの時間がかかっている。iTMSは2003年に米国で開始されたのを皮切りに世界じゅうで運営されているが、日本は最後の20カ国目のスタートと出遅れた。その理由は、日本独自の複雑な音楽著作権システムにあった。つまり、音楽を販売した場合の売上をアーティスト、レコード会社などでどう分配するかという問題である。また、既存のCD販売に与える影響も大きいので、販売価格の決定にもかなりの調整が必要だったようだ。現在、15のレコード会社が参加または今後の参加を表明しているが、ソニーミュージックエンタテインメントやビクターなどまだ音楽提供を見送っているレコード会社もあり、一部の大物アーティストの曲が買えない状態になっている。しかしこれは、利用者のニーズを考えれば時間の問題ではないかと思われる。

この画期的な流通の仕組みは、実は音楽だけにとどまらずあらゆるデジタルコンテンツに適応できる潜在能力を秘めている。その1つとして、いま米国を中心に「ポッドキャスト」という新しいラジオ視聴形態が注目され始めた。日本でもTOKYO FMやラジオNIKKEIが早々に対応するなど、放送業界も急速に動き始めており、ポッドキャストは音楽に続きラジオというメディアをも変えてしまうかも知れない。これについては、また機会があれば報告したい。


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くまにち.コム(熊本日日新聞ウェブサイト)

井芹 昌信(いせり まさのぶ)
株式会社インプレスR&D代表取締役社長。1981年4月株式会社アスキー出版(現株式会社アスキー)入社、書籍編集部編集長、出版技術部部長、電子編集推進室室長、理事。1992年4月株式会社インプレス設立、取締役。2006年4月より現職。『インターネットマガジン』(1994年)、『できるシリーズ』(1994年)、『IMPRESS Watch』(1995年)、『インターネット白書』(1996年)などを創刊編集長として手がける。