インターネットの歴史(後編)

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ネット社会を考える

井芹昌信

2005年4月から2006年3月までの1年間、井芹昌信が『INTERNET magazine』(当時はまだ月刊誌)の編集長としてネットと社会との関係をテーマにまとめた熊本日日新聞の連載コラムより転載。

今回は、前々回(第3回)に続いてインターネットの歴史、特に日本における商用化の動きについて。


※この記事は2005年8月19日に掲載されたものです。文中に出てくる社名、サービス名、その他の名称は当時のものです。

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今回は、前々回に続き「インターネットの歴史」の商用化後のお話しをしたい。

諸説はあるが、私は日本の本格的商用インターネットの始まりは、IIJが94年に開始したIP接続サービスからだと思っている。IIJは、日本初のベンチャー企業と言われたアスキーで技術責任者を務めていた深瀬氏が、切れ者エンジニアを呼び集めて設立したインターネットサービスプロバイダー(ISP)だった。しかし、その船出は難航する。当時の行政方針では、「通信は公共性が高く、安定運用を保証すべき事業」であり、ぽっと出のベンチャーごときを認可する気運ではなかった。IIJはそれにめげず、当時の郵政省と戦い、一年の説得期間を経てサービスインにこぎ着けたのだった。同社はその後、海外との接続、日本各地への展開、業界への技術啓蒙を演じ、その後の日本のインターネット発展に大きく貢献していった。

インターネットマガジンでは、日本のISP成長過程を95年からの七年間記録し続けたのだが、当初二十社程度だったISPは01年には千社を超えるまでに急成長し、日本じゅうを蜘蛛の巣(Web)のようにつなぐに至ったのである。

もう一つ重要なのは利用料金の問題である。現在のインターネット利用料のほとんどは固定性だが、当時はモデムで電話をかける方式で、利用時間に応じた従量制。うっかり使っていると、数万円の電話代請求が届くはめになる。そこに、「ベッコアメ・インターネット」というISPが登場し、年間二万円で使い放題という固定料金制を打ち出し、ユーザーから熱烈に歓迎された(94年)。この固定制への移行こそ、インターネット利用を質的に転換させる起爆剤であり、それは利用量を爆発的に増大させると同時に、いまでは当たり前の「広告」ビジネスを可能にした。なぜなら、時間課金されているのに広告を喜ぶ人はいないからだ。いま、ケータイがまさに従量制から固定制へ移行中だが、この展開は「いつか来た道」とも言える。

一方、利用面で見ると、いま一番使われているのはメールとウェブ(WWW:World Wide Web)だが、そのWWWという仕組みを発明したのはスイスで研究していたテイム・バーバーズ-リーだった(89年)。そして、現在のWebブラウザーの原型となったのが、米国のマーク・アンドリーセンが開発したネットスケープナビゲーターである(94年)。このソフトの人気は凄まじく、瞬く間に世界中に浸透していった。ソフト最大手のマイクロソフトはその存在感の大きさに脅威を感じ、インターネットエクスプローラーという独自ブラウザーをWindowsに無料搭載し必死の巻き返しに打って出る。しかしこのことが、後に独禁法違反として、全米を巻き込んだ一大裁判へと発展する。ちなみに、現在のヤフーに代表される検索サイトや、アマゾン、楽天のようなEC(電子商取引)サイトは、すべてこのWWWという技術を利用して構築されている。

ところで、現在の日本は世界一のインターネットスピード大国であるのをご存知だろうか。国際通信機関であるITUは、速度と利用料を加味した場合、日本は米国の39倍、中国の34倍有利という統計を発表している。この成功の要因は大きく二つあるだろう。一つは、01年に日本政府が「e-Japan」構想で世界一のインターネット大国になる、という目標を掲げたこと(森政権)。もう一つは、いまでは有名なソフトバンクの孫社長が、ADSLを使った常時接続型の高速通信サービスを固定低料金で開始したことだと思う(01年)。この時も、業界内(特にNTT関係者)から非難の声が相次いだが、結果はご存知のとおりだ。

上記した歴史から、一つの見方として「高速・低コスト化」というベクトルを読み解ける。個人の利用環境で言えば、この約十年で実に七千倍に高速化されており、コストは逆に下がっている。つまり、三桁以上のスケールアップが起きているのだ。この効果により、コンテンツ、EC、広告など様々な領域の革新を誘発してきた。これは私見だが、ネットビジネスの成功の秘訣は、実世界のビジネスモデルを二桁以上下のコストで実現することだと思っている。いま成功しているソフトバンクも楽天も、この法則に乗っている。


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くまにち.コム(熊本日日新聞ウェブサイト)

井芹 昌信(いせり まさのぶ)
株式会社インプレスR&D代表取締役社長。1981年4月株式会社アスキー出版(現株式会社アスキー)入社、書籍編集部編集長、出版技術部部長、電子編集推進室室長、理事。1992年4月株式会社インプレス設立、取締役。2006年4月より現職。『インターネットマガジン』(1994年)、『できるシリーズ』(1994年)、『IMPRESS Watch』(1995年)、『インターネット白書』(1996年)などを創刊編集長として手がける。